「花物語」吉屋信子

作品概要

吉屋信子さんによる短編小説集。全54作品。大正時代に執筆されたもので、連載開始は1916年。いわゆる対象浪漫な世界観となっています。

日本の少女小説として、そして百合小説としても黎明期を代表する作品です。作者の吉屋信子さんは他にもいくつか百合要素のある小説を書いており、ご自身の体験が反映されているとも言われています。

現代でも表紙などのリニューアルを経ながら刊行され続けている、長く愛されている作品です。2022年現在もっとも新しく出たもののは、‎ 河出書房新社版(2009年)。こちらは電子書籍化もされているので気軽に読むことができます。

作品の構成

「花物語」に収録されているエピソードは、いずれも花をモチーフとして少女たちの青春の1ページを綴っています。各作品のタイトルも花の名前からとられています。こういった花をモチーフにする傾向も、構成の作品でおおおいにオマージュされている点となっています。

各エピソードは基本的に独立しており、相互に関係はしていません。ただし初期のエピソードのみ、七人の少女が順番に思い出話をしているという設定がありました。やがてそれぞれ完全に独立した短編となります。微笑ましいお話も多い一方、時代背景を反映して主人公達に試練が訪れる展開も少なくありません(経済的事情、病気など)。特に後半になるにつれシリアスで重いストーリーの作品が増える印象。ですが、そのあたりも含めて、この時代の雰囲気を色濃く表した作品たちとなっています。

どの作品でも、憧れ、友情、恋愛感情など、女の子どうしの絆が様々な形で描かれています。その中でも、特に印象に残ったものをいくつか紹介します。

印象に残る作品

名も無き花

主人公の女の子と、洋館のベッドに寝たきりの美しい少女との交流を描く作品。初期の七篇のうち最後の作品。短い間ならがらも少女達の交流と信頼を描いた爽やかな作品です。

鬱金桜

寮で同室である、七歳の主人公と、十七歳の「姉様」のお話。年上の女性に憧れ甘える主人公が可愛らしい作品です。終盤に姉様が主人公に言う「いつまでも、子どもでいて頂戴。大人になっては嫌。」という言葉が印象的。

雛芥子

花物語に散見される、家庭の事情による悲運を描いたエピソード。自分の好きな人を助けてあげたいと思いつつも、単なる女学生にはどうすることもできない切なさが描かれています。

日陰の花

幼くして母を失った少女・環と、亡き母の若き日の面影のある女性・満寿子のお話。花物語全体の中でも特に恋愛関係を強く示唆した作品となっています。「ふたりは友情の垣根をいつしか超えて来たのであった」などの思わせぶりな表現が印象的。

沈丁花

両親を亡くした後、2人だけで暮らす姉妹のお話。最愛の妹であるさち子のため、花物語では以外と姉妹ものは少ない気がするので貴重かも。「さあちゃんのために姉さんは自分のすべてを捧げて愛していたの」という台詞からは、強い愛情が伺えます。

桐の花

学生時代には、片時も離れるのがつらいほどの仲だった礼子と多美子のお話。かつては恋人であったことすら伺わせる2人ですが、卒業して都会に出たことで疎遠になってしまったよう。現代にも通じるテーマを含む作品となっています。