やが君スピンオフ「佐伯沙弥香について」入間人間

やがて君になる 佐伯沙弥香について

「やがて君になる」(以下、本編)の佐伯沙弥香を主人公とするスピンオフ小説。

執筆は「安達としまむら」などの百合ラノベで知られる入間人間さんです。 表紙や挿絵には原作者の仲谷鳰さんによるイラストも入っています。

全3巻。「やがて君になる」本編とほぼ併行してリリースされました。当時の本編の先の展開に(示唆程度とはいえ)言及する部分もあり、その点でも話題になりました。

やがて君になる 佐伯沙弥香について(3) (電撃文庫)

やがて君になる 佐伯沙弥香について(3) (電撃文庫)

入間 人間
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発売日: 2020/03/10
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各巻のみどころ

本編では、燈子に片思いする親友として描かれていた沙弥香。読者目線ではその恋心が明確に読み取れたものの、沙弥香が告白などの具体的な行動に出ることは(当初は)ありませんでした。この小説では、沙弥香のそのような性格がどのように形成されたのかを知ることができます。

第1巻

本編開始前の、小学生時代と中学生時代の沙弥香を描きます。本編では中学生時代に先輩と付き合っていたことが回想されていましたが、その点を掘り下げたストーリーです。

前半は小学校時代の沙弥香のお話。実はここは本編ではほぼ言及のない部分であり、ほぼ小説オリジナルといってもいい内容。

当時スイミングスクールに通っていた沙弥香は、自分をなぜか熱い視線で見つめる女の子に気づきます。沙弥香はその子の真意が気になりますが……。

後半は、いよいよ中学生時代のお話。沙弥香に告白してきた柚木先輩との、お付き合いとその顛末を描きます。最初は迷っていた沙弥香でしたが、一緒にいるうちに本当に柚木先輩のことが好きになっていったようです。しかし、それと反比例するかのように柚木先輩の態度が変わり始めます。そして、原作でも回想で描かれたシーンへとつながっていきます。

本編にあった回想シーンを上手く膨らませた内容です。1つの小説としてしっかりまとめつつ、未来の展開を予感させる(つまり本編へとつなげる)終わり方となっています。

第2巻

小説第1巻の続きで、漫画本編よりは少し前。高校1年の頃の沙弥香と燈子を描いたストーリーです。

生徒会に入った2人は、積極的に活動していきます。その過程で沙弥香と燈子も次第に仲よくなっていき、友情ストーリーとして楽しめます。やがて沙弥香は燈子に惹かれていきますが、同時に燈子には踏み込んではいけない領域があるとも感じ始めます。本編の沙弥香の態度につながる部分が感じられる部分です。

本編で特別詳しく言及されていない時期のこともあって、目新しいエピソードは少なめ。これを読まないと原作の理解がしきれないといったこともなく、あくまで普通の友情ストーリーのようにも思えます。

ただ、未来の沙弥香による回想と思われる描写が一部あり、本編の結末を示唆して話題となりました。第3巻へのつなぎにもなっています。

第3巻

完結編で、大学生となった沙弥香のお話です。完全に本編より未来のお話となっています。原作を最後まで読んでいることが推奨。大学が舞台となったことで環境も大きく変わり、かつての仲間たちも一部シーンで顔出し的に登場する程度となっています。このあたりからも、名実ともに沙弥香のためのストーリーとなった印象が強くなっています。

今回は、大学の後輩である枝元陽(えだもと はる)がヒロインです。 陽は早い段階から沙弥香に好意を持っており、積極的にアプローチしてきます。陽はどうやら以前から女の子が好きだった模様。

沙弥香は、過去に女の子との恋愛で苦い経験が続いていたことから、陽との交際を躊躇します。ですが、最終的には、陽の熱意に押し切られるように交際を始めることになります。このあたりは、自分を素直に慕ってくる相手に弱い沙弥香らしい面が出ているように思います。

陽はこれまでの沙弥香が恋した相手と違い、裏表のない性格。心から沙弥香のことが好きなようです。沙弥香のほうも、本気で陽のことが好きになっています。沙弥香がついに幸せになったところが見られるのは感慨深いです。これまでのストーリー(小説版のみで描かれた内容含む)をふまえて、全編を総括したような内容の第3巻です。

ちなみに、ほぼ小説オリジナルといってもいい陽ですが、名前だけは本編最終回で言及されていました。

英語版

“Bloom Into You: Regarding Saeki Sayaka” というタイトルで英語版が発売されています。紙書籍版に加え、Book Walkerなどに電子書籍版があるため読むのは比較的容易。

漫画本編のほうは英語版の出来にやや難のある個所が見られましたが、小説作品である本作は違う方が訳しているようです。英語の読み物として悪くない出来となっています。「やがて君になる」のファンであれば、英語のライトノベル入門用になかなか悪くない出来。

巻ごとに沙弥香の年代・状況が数年ずつ異なるため、学べる語彙の幅も意外と多いです。主人公の沙弥香が成長するにつれて物の見方、考え方が大人びていくので、英文的にもそのあたりの変化がみどころ。特に3巻目は大学生編ということで、あまり他の作品で見ない語彙も一部見られます。中盤で沙弥香が二十歳になりますが、そのあたりの変化も他の百合作品ではなかなか見られない英語かと思います。